ふうぼぉたぁなんだ
- shibata racing
- 12 時間前
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40を過ぎたら自分の顔に責任を。みたいな言葉がありますが。大体この年齢になると、その人となりが表情に出てしまいます。いい人か悪人か。私はひと目見るとだいたいわかってしまいます。

2025年6月15日
お客さんとあいたいする時に、第一印象というのは、結局その後も変わりません。
「ああダメだな」と感じた人は、その後付き合っても、何年かするとだいたいダメになります。
これはあくまでも私の相性の話で、その人の社会における評価とは全く関係ありません。
それは私のメガネです。もちろん相手の方でも、私に対する違和感はずっとあるに違いありません。
当然客商売ですから、好き嫌いは言ってはいられません。
あくまでも、お客さんとして付き合っていくのが前提です。
そこにはあるのは金銭のやり取りで、もらった分の仕事はきっちりとやらせていただきます。
ただ、長いこと、こういう人と話すことをおこなっていると、なかには時々ですが、「この人はすごいな」と思う時があります。つまり、顔に生き様が出ているわけです。
土門拳というカメラマンが私は好きで。彼の記念館。これは酒田にあるのですが、何度か足を運んでいます。
土門拳は、リアリズムの人ですが。この思考に至るまでは、なかなか紆余曲折があったようです。
この本の中の一枚に、柳田國男を撮影したものがあります。
その時、写真のリアリズムと、民族学的価値について、両者の溝は埋まりませんでした。
柳田は、絶対非演出。絶対スナップの写真以外、資料にはなりえない。という持論を持っていました。
まだ若かった土門は、写真とはそこそこの演出と、舞台装置が必要であるといういわゆる当たり前の写真論法で言い返しますが、柳田は頑として聞き入れようとしません。
その後十年経って、柳田の思想こそが写真であるという境地に至った土門は、申し訳ありませんでした。とその比例を詫び。柳田は「ああそんなことがありましたな」と笑っていたといいます。
土門はこの本の冒頭でこのように記します。
気力は眼に出る。生活は顔色に出る。教養は声に出る。そして年は後ろ姿に一番出る。悲しみも。
特に口元を見ると、その人のなんたるかはだいたいわかるようですね。
ここで土門が実践したのは、ほんの一瞬気を抜いいたようなショットは極力避ける。
こういう決定的瞬間のようなものは全くダメだ。といいます。
力やポーズや気取りが抜けて、その人そのままが出るまで根気よく待ちますが。それでもダメなものは多いといいます。
ここに出てくる方々は、政治家や、役者。文学者や、芸術家などがほとんどですから、それこそ自分の顔に責任を持った方々でしょう。
有名なのは画家の梅原龍三郎の怒り狂った一枚です。
このカットの直後、椅子を床に投げた。という写真ですが。これも土門としては、本意ではなかった一枚でしょう。
一ページ目に表れる、尾崎行雄は、明治から昭和にかけての政治家です。
土門は、逗子の家を訪ね、家政婦さんに名刺を渡します。
すると奥の部屋から「ふぅぼぉたぁなんだ、ふぅぼぉたぁ」というつんざくような声がします。
「どういう字を書く。そんな日本語はしらん」と名刺は突き返されました。
尾崎は元文部大臣で、国文学者でもありますから、こんな適当な題名の写真などお断りだとでもいうように。
土門は引き下がらず、名刺の裏にぶっとい字で「風貌」と書きまた奥へ持っていってもらいます。
「わっはっは、」と大声がした後に、「こんな老いぼれでいいなら、いくらでもとりなっさい」という言葉をもらいます。
これは土門の言葉ですが。
いい写真というものは、写したのではなくて、写ったのである。
計算を踏み外した時にだけ、そういう写真はできる。僕はそれを、鬼が手伝った写真といっている。
この渾身の写真集。
表紙は、版木に張り付く棟方志功を真正面から撮影している土門です。この執念。鬼が手伝ってる瞬間です。
皆様も手に取る機会があったなら、そんな気持ちで見てみてください。
人のことも考えず、片手で他人に電話むけて、無遠慮に写真を撮ってる皆様。
それを「どうですか」なんて老眼で見えていない私に見せてくる方々。
自分自身も、側からどう写っているのか考えながら。観てみてください。
