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オレの街

  • 執筆者の写真: shibata racing
    shibata racing
  • 7月20日
  • 読了時間: 6分





いったい、いくつアナザースカイがあるんですか?

とよく聞かれるほどに、私にはアナザースカイがある。

なかでもとっておきのアナザースカイ。「オレの街」と私が呼んで憚らないのが足利だろう。


足利に初めて行ったのは2007年の夜の事。

初めてのお客さんから、修理の依頼を受けて行ったのがファーストコンタクトだった。

きっかけは、お客さんがカジバミトを欲しいと、近くのディーラーだった当店に電話してきてくれたことからだった。

色々折衝して、どうやらミトを買わないで、手持ちのバイクを治しましょう。という話に決まって、動かないからということで引き取りを頼まれた。


ちょうど春だった、夜に渡瀬川の河川敷通りを通っている時に、左手に明るくライトアップされた山があり、そこは織姫神社という社が中腹に鎮座している足利のシンボルのような場所だった。

山中がもう、桜で。夢のように綺麗だった。

「あぁここは昼間にこなきゃいけないな」と思い。そこから私の足利詣が始まったので、もう20年になる。


私が通うのは、主に旧市街といわれる足利学校を中心にしたエリアで、ここを歩くと、なんだかわからないけれど、他人の気がしない。

街は朝から動き始めて、地域の方々が散歩をしている。秋の銀杏の季節は格別で、夜中に強い風が吹いた翌朝などは鑁阿寺の境内が、黄色のカーペットのように美しく彩られている。


この鑁阿寺は、鎌倉時代に建てられたお寺で、もう千年もこの街に鎮座して、街をヒトを見守っている。

国宝なのだが、当たり前にそこにあり、地元のコミュニケーションの場になっている。

また、この街は映画の街としての顔もあり。色々な映画がここで撮影された。

私にとっては聖地巡りでもあり、映画の主人公にでもなった気分だった。


バイクの試運転コースとしての側面もあり、赤城山中腹から足利に降りて、帰りは高速道路を使うと、コーナーから高速巡航までのトータルテストができるコースでもある。

朝に出れば、昼にはもう帰ってこれるので、大変重宝する。


織姫神社からの山登りは、両崖山登山の入り口として最高なエリアだ。

私の新年はいつもこの山を登り、その年の体力と気力を占う。正月からここに来れる年は、なかなか調子がいい。


足利はグルメの街としての側面もはずせない。

まずは銀釜という釜飯の店。かつてあった百年食堂の北新軒。これも今はない、らーめん丸山。そして、鑁阿寺の境内のひこまやさんの焼きそばと、芋フライ。は今でも食べられる。

やはり、20年。今年で銀釜さんも店を閉める。アズミハルコの壁ももう残っていない。

鑁阿寺の桜の木も全て切られて、もうお堀端には枝垂れ桜は咲かない。


いよいよ、もう足利に行く用事も無くなったな。

と考えていた近年だったが、奇跡に近い出会いがあり、また通うべき喫茶店に巡り会えた。


そこはいつ通っても店が閉まっていて、どうも自家焙煎のかなりのこだわりの店らしいのに開いてる時に出会えないまま20年。その前を歩いていた。

その日は館林美術館からの帰り道。もう足利も閉まっているけれど、鑁阿寺の門が開いているギリギリの時間に寄ってから帰ろうと足利に立ち寄った。


ほんとにたまたまいつもの通りを歩いていたら、その、気になっていたカフェのマスターらしき人が近くを歩いていた。

「もしかして、そこの喫茶店の方ですか?」と不躾に問うと。「そうだよ」と返事が。

見たところ80歳近い方で、しかしシャキシャキ歩いている。

少し焙煎のことを聞くと「なんだい興味があるのかい?少しよれば良いじゃないか」ともう店は閉まっていたのに電気をつけて中に招き入れてくれた。


こじんまりとして、小綺麗な店。アキュフーズのアンプから静かにクラッシックが流れている。

これはすべてに気が配られて、徹底されている店。という印象だった。

そもそもいつ店が空いているのか聞いてみたら、なんと早朝6時30分から開店だという。

「ボクはねぇ、朝の1時から焙煎しているからね」

あたりが寝静まった深夜1時。一人焙煎機に向き合う本気の時間。それは真冬も真夏もだ。

「お昼にはもう閉めちゃうから、その時間に来ても開いてないよ」という。


なんていう店だろう。

しかも朝の一時間はずっと来てくれる常連さんの時間だから、来ても入れないという。

私は色々な喫茶店を見た。しかし、こういうお店には出会ったことがなかった。


コーヒーの歴史や、伝説の焙煎師たちの話でひと時盛り上がった。

といっても私は全てが聞き齧りで、本で読んだりした伝説ばかり。マスターはすべて本人たちに会っている。

「ある時、ボクの先生がねぇ突然店に来た。その時、混んでたからサーバーを3個同時に淹れていたんだよ。そしたら怒られてさぁ。その時から何があってもボクは一人のお客さんと一対一で向き合うと決めたんだ。先生はもう鬼籍に入られたけど、いつも見られていると思ってる」


これが、私がコーヒーというものに朧げに思っていた深さだと思った。

なにか近くにいるんだけど、安易にこれを商売にできない領域。それが珈琲道とでも言えるものだろう。


「ボクはねえ、毎週先生に焼いた豆を送って、一年経った時、そのブレンドの名前を使うことを許された。でもまだ自分で納得できなくて、その先半年そのブレンド名は使えなかったよ」

こんな、自己探求をする人たちがこの道にはいる。恐ろしい世界だ。


いつも店の前には、ザルに入れられた生のコーヒー豆が積まれている。

「豆は洗うのですか?」と聞いてみると

「友人が病気になってね、それでもコーヒーを飲んで欲しいから、どうやったら良いかと考えて、生豆を洗うことを思いついたんだよ。おいしくしようとしたんじゃなくて、清潔にしたかった。でもやったらね、もうもとには戻れなくなって、手間なんだけど洗ってるんだよ」

この、友人のために、病気になった友人に飲んでもらうために。こういう心遣いなんだろうな。

しかし、それがこの店の透き通るような透明感のある珈琲の秘密だった。すべてがひと手間多いのだ。


しばらく話し込んでいたら、一杯のコーヒーが出てきた。「えぇお代は?」と聞くと、もう営業時間外だからいらないと言う。

その一杯を飲んだ時。不覚にも涙がこぼれそうになった。

「これかぁ、これが人のいう、人生の一杯のコーヒーだったのか....」


私は20年足利に通って、毎年鑁阿寺をお参りして、ようやく今やっと、最高のご褒美をもらえた気がした。

大日如来からの人生最高のプレゼントだった。

「ここからコーヒーとどう向き合うか?君次第だよ」とマスターに言われた翌日。私は自家焙煎に舵を切った。


私にとっての20年は、この日のための永い助走だったような気がした。



 
 

Appia . mecccanica - Shibata ~ Racing

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