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百臼ありて候

  • 執筆者の写真: shibata racing
    shibata racing
  • 5 時間前
  • 読了時間: 4分





さて珈琲の話になる。

皆様は、あれが私たちの喉元を通過するために、たいそうな人の力が加わっていると考えたことがあるだろうか?

もとを辿れば6世紀ごろ、アラブの羊飼いカルディが、修道士に話したことがきっかけだ。


昨晩からうちの山羊が興奮して夜も元気で、困ります。

ほうほう。して、その山羊は何か変わったものでも食した形跡はないか?それがどうも、何やら赤い木の実をムシャムシャと。

なになにコレがその木の実であるのか?

興味津々の修道士がその実を煎じて飲んだレバ、ああら不思議、目はパッチリ、眠気は吹っ飛び、神を讃えるお言葉もスラスラと。

というのが、コーヒーの木の発見と言われている。ことの真意はわからない。


まずは木を植える。そこは珈琲ベルトといわれる赤道の上下25度の地域が基本となる。

どこも平地とは限らないから、高地にも植える。すると昼夜の寒暖差で、なにやらその実が、平地のものとは異なる生育を見せたりもする。乾燥した大地もあれば、雨が多い地域もある。


その収穫した実を乾かさないと、コーヒーの生豆は出来ないから、地域ごとに乾燥方法が考案される。

無論ダメな豆もあるから選別する。大小もあるからまた選別する。

品質次第で価格も決まるので、農家の皆様も不断の努力で日々、試行錯誤する。


船に乗せられて、世界中に運ばれ、港から商社が仕切り、あるものは生のまま、またあるものは焼かれてお店に並ぶ。

それを手に取りやっと私たちの元にやってくるのがコーヒーという作物だ。

あらゆる農作物にはこのような多くの方々の汗と涙が染み付いて末端の消費者である私たちに届けられるのだと考えると、決して粗末には出来ないだろう。


そしてコーヒーのファイナルステージは、一般個人に委ねられる。

豆をどう挽くか、または挽かれた状態のものを購入するのか。そしてどの様なアプローチで抽出するかだ。

ここで不味いことをやって仕舞えば、それまでの人々の苦労は水の泡であり。もし、とてつもなく美味しく淹れられれば、皆の苦労も報われる。

まぁそんなこと考えながら、朝の一杯を飲んでいれば、仕事に行く前からどっと肩が疲れて仕事になんないかもしれないので、皆様は普通にいつも通りのコーヒーを飲んでください。


個人に委ねられたこのファイナルステージにおいて、最も重視されるべきポイントはどこだろうと考えると。

それはやはり臼次第。ということになるようだ。

コヒーエキスを満遍なく抽出するには、いかに効率よく、粉の芯に触れさせ、適正な時間で切り上げることが最も重要になる。

無論そこにはお湯の温度も重要になる。

このあたりは、お茶のメソッドを少し齧ったことがある方には、うんうんと頷かれるポイントかと思う。


簡単に言えば、高温なら酸が立ち上がり、低温なら甘みが搾り出されると考えれば良いだろう。なんでもボコボコ沸騰で淹れている方は、この辺だけ意識しても味は変化する。

では濃度はというと、コレは単純に量が多ければ濃く。粉をケチれば薄くなるが、ことはそれほど単純ではなく。粉の細かさで、また味が変わってしまったりするからややこしい。


私はコーヒ屋に行くと必ず見るものがある。ドリッパーの種類と、ミルだ。

おおよそこの器具を見るとその店の味の傾向は予測できる。それをバイトが淹れても店長が淹れても、タイセイにはそれほど影響はない。何を提供するつもりなのかは、このドリッパーとミルを見るとわかってしまうから怖い。


初めて行く店は、まずそこを見定めて、そこから理想的と思える豆と、焙煎度合いを考えると良い。

そんなことにまるで頓着していないお店に入ってしまった場合は、シノゴノ言わずに黙って出されたものを飲む。それが礼儀だ。

その見極めは長くなるのでここでは書かない。


焙煎にこだわり、仕入れる豆にこだわると、最後に辿り着くのは、どれだけ理想的に豆を曳けるかに辿り着く。

ある珈琲店などは、国産の最高の工作技術を持つ機械工場を訪ねて、多面的な粒度を実現できるミルを特注までする。それは自分のコーヒーの完成点がシャープで多面的な粉の表面を通過させなければできないとわかったからだ。


ではその粉を、ネルで落とすか、フィルターを使うか、そのドリパーは何で、ペーパーの種類は?これは物販の棚を見ると、その使用フィルターが予測できる。

こんなことを観察しながら初めてのコーヒー屋さんで豆を選ぶのは楽しい。


そして、狙い通りの一杯が運ばれて、思わずニンマリしていると、入魂で抽出したマスターの顔が僅かに綻ぶ。

互いに何も言わない目と目のサイン。


私の師匠の店のメニューには、井上誠先生のこんな一文が最初のページに載っている。

 ー 美味しかったなんて言わなくて良い。美味しいと思って出しているんだから、そんな当たり前のことは言わなくて良い。ー


このお店で、コーヒーと飲み終えた時。どんなに美味しくても、美味しかったと言えないので、毎回呑みながら考える。


今日はなんていって感動を表現しようかなぁ。

それもボキャブラリーの体操だ。

 
 

Appia . mecccanica - Shibata ~ Racing

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