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shibata racing

坂東の粋

風景には、そのままの荒々しい自然と、人に飼い慣らされたものとが混在します。

関東平野の北の果て、その平が尽きるところに、千年の愉楽の地が存在します。





2024年11月22日



京都で働きはじめた二十歳の頃です。

「シバタくん群馬ゆうたらどこえ?」と職場の上司に聞かれます。

東京の上の方だと答えると「そうかぁ、東京から東に文化はあらへんやろ」と片付けられました。

これが、都の人々が今日でも持っている関東に対する認識です。


しかし、今から一千年の昔、京都が誕生するのとあまり違わない頃に、坂東武者が、奮起して、この地に都を作りました。そこは足利。私がいつも「俺の街」と称する場所です。

親戚もいないし、友人もいませんが。なんとなく波長が合う街というものはあるもので。私にとっては足利が、そんな街です。

一年中ここへ行っていますが、この季節は例年、落ち着きが無くなります。

それはおなじみ鑁阿寺の大銀杏が真っ黄色に染まる頃。だからですね。



寒さがまして、寒気が緩んだ瞬間を狙って、今年も鑁阿寺に向かいます。

境内にある紅葉や銀杏などは、ほぼ最盛期を迎え、今が旬という感じです。しかし、肝心の大銀杏は、まだ微妙に早くて、来週あたりが真っ黄色になる時期のような感じ。ただ、ここから落葉までは一瞬ですから、遅くとも10日以内が、今年の見頃でしょう。


この庭園を含む場所は、鎌倉時代、足利氏の邸宅でした。

その後お寺となりましたが、まさしく千年。人に愛でられた風景は、そこかしこに優しさが溢れています。



灯台躑躅や、松などに、銀杏の葉が覆いかぶさるように落ちて、色合いが楽しい感じです。

池には鯉がいますが、山古志の錦鯉をさんざん見ている私からすると、さほど珍しくはありませんが、上手に水を引き入れて、錦鯉が生きていけるように環境を整える庭師の方々。ご苦労様です。


水面に銀杏の葉がひらりと落ちるたび、波紋が広がります。まさにモネの描く油絵のよう。

しばし、眺めていると知らぬ間に時間が過ぎてしまいます。

「心の平穏」

殺伐とした心には、こうした憩いが必要なのだと、荒々しい坂東武者が作り出した粋。


「東京から東にも、文化はありますよ。大昔からね」と、あの時の私は言い放つことができませんでしたが。



本日の目的はもうひとつあります。

私の大好きなお笑い芸人といえば?そうですねU字工事です。

以前彼らが足利のカフェ文化を紹介してくれたことがあり、その時気になった老舗のカフェ「モカ」さんに立ち寄ります。

亡くなったご主人の意思を、息子さん二人が引き継ぎ、その心意気を保っているこの店は、並々ならぬこだわりを持つ古き良き喫茶店です。


「いらっしゃいませ」

店内に入ると、入り口の横で、弟さんがコーヒー豆の選別をしています。



美味しいコーヒーを出すためには、まず最初に行うのが、豆の選別です。これをハンドピックというらしいです。

この作業で、悪い豆をはじくことをしないと、その後の焙煎作業で、取り返しのつかないことになってしまうのだそうです。まずは、いい豆だけを選り分けて、そこから焙煎。色や透明度も変わると言います。

私はU字コージも飲んでいた、この店の代表選手。「ジャーマンブレンド」を注文します。


店に、お客は私一人でしたが、コーヒー一杯が出るまでに、15分かかります。

湯を沸かし、豆をひき、そしてドリップ。その所作は、あたかもお茶の作法にも通ずる丁寧な流れです。


その間、私はというと、店内の壁に貼られた珈琲マメ知識のようなものを読んでみます。

「湯を沸かすポットは、ステンレスでは駄目。ホーローかアルミのもので沸かす」とか。

「くもったサーバーを使うと、コーヒーに苦味が混じるので、必ずきれいにする」など。

コーヒーと向き合う姿勢が、とんでもない感じがします。


ジャーマンブレンドは、深煎りなのに、苦くなく。柔らか。あとから香りがやってきます。

これは、「あらゆることに手を抜かない」そんなコーヒー文化が間違いなくお父さんから継承されているのでしょう。


帰り際に、「ジャーマンブレンド貰っていきます」と豆を購入して帰ります。

私も家に帰って、細心の注意で一杯のコーヒーを家族に振る舞ってみたくなりました。


なぜか足が向いてしまう足利。

たぶんこの町の粋が。私に活力を与えてくれるからでしょう。




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