top of page
検索

イル.ピラータ

  • 執筆者の写真: shibata racing
    shibata racing
  • 4月4日
  • 読了時間: 3分

更新日:4月6日


今年も、サイクルシーズンが始まりましたね。五月は。ジロデイタリア。六月はツールドフランス。

昨年ダブルツールをとったポガチャルは、今年も絶好調のようです。





2025年4月4日



サイクリングロードの桜が今年も咲き始めました。

これを合図に、だんだん山岳練習に入っていくのが私の一年のルーティーンですが、これを始めて、15年経ちました。


私はその頃、アームストロングとパンターニを夢中になって観ていましたが、パンターニが亡くなり、自転車業界にも何か不穏な空気が蔓延してきたのも、やはりその頃です。

いわゆるスポーツドーピングは、自転車に限らず、多くのスポーツで日常化していて、それは今に始まったことではなかったのでした。


プロになるとは、金がそこに発生するわけです。

スポンサーだったり、チーム契約だったり。またはギャンブルの対象であったり。

そこで結果を求められる選手は、好むとこのまざるとに関わらず。パフォーマンスの向上を目指す必要に迫られます。

いわゆるパワー系の競技には、ステロイドをはじめとした筋肉増強剤。

持久系の選手には、赤血球の値を増やす、EPOが。用いられてきました。

つまりはスポーツとは、最後は血で勝つのです


これは、トップ選手は少なからず関わっていたというのが、最近出たデータでした。

当時のトップ選手の採血した血液から、ほぼ全てにおいて、EPOの成分が検出さたといいます。

ただ、これは私たちファンにもその責任の一端はあったのです。


いわゆる夢を見る。

ヒーロー像を投影する対象としてのスター選手の存在を、ファンが望んだのは否定できないでしょう。

だからやって良いのか?

という議論は、スポーツというものが夢である限り、避けて通れる問題ではないでしょう。


パンターニは、子供の頃、地元のサイクルチームに初めて参加します。

イタリアのローカルチームですから、日本の実業団以上だったでしょう。

その時は母親の自転車に乗って行きます。

なんと、全てのチームメイトをママチャリで追い抜いたと言いますから、彼のカリスマ性は天性のものだったのです。

こういう特別な選手が集められて、グランツールに参加し、その中でもわずか数人が歴史に名を刻むのです。


98年にダブルツールを取ったパンターニは、翌年のジロの最終ステージ手前で失格になります。

理由は赤血球が多かったから。という。

あまりに強すぎるパンターニを排除する言いがかりとしか言えない理由でした。そこに誰も切り込まない。それが自転車競技の暗黙の了解です。


そこから、イカサマ師のレッテルを貼られて、どんどん内に篭っていった彼が、亡くなったのは、ホテルの部屋でした。

今でもその本当の死因は分かりません。つまりはナイーブではスポーツ選手はつとまらないということでしょうか?


ポガチャルが、パンターニ以来のダブルツールを、昨年取りました。ついでに世界選手権も。

アルカンシェルを着てストラーダビアンケにも勝ったポガチャルに、無邪気に夢を見れなくなってしまったのは。

私が、この15年で自転車界の内情を知り過ぎたせいかもしれませんが。

彼がクリーンであるということをひたすら信じて。サイクルスポーツの発展を祈念しましょう。


15年前というと、火野正平さんの「こころ旅」が始まった年でした。

「火野さんが頑張ってるから、俺も行くか」と極寒の真冬の朝に、ロード練習に出かけたのも懐かしいです。

前橋を通過した時、この利根川サイクリングロードも走られていて、吉岡の馬の牧場に寄っていました。


近年、日本で最高のサイクリストは、火野さんとチャリオだったなぁ。パワーをもらいました。






 
 

Appia . meccanica - Shibata ~ Racing

bottom of page