バイナル事情
- shibata racing

- 12 時間前
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音楽は現在では無料になってしまいました。月決めの配信サービスなどもありますが、おおよそのものはフルアルバムでyoutubeで聴くことができる時代です。しかも高音質で。

2026年2月8日
昨今若者の間で、レコードやカセットテープがもてはやされているといいます。それはなぜなのかと考えるに、やはりがっしりと手に持つことができる質感もさることながら、その音質に惹かれているようです。
あらゆるものがデジタルになり、ノイズやエラーなどとも無関係になればなるほど、人が間に介在するものが重要になるのでしょう。
現在、CDとレコードを発売するミュージシャンも増えていて、そのレコードはまさしくファンの間では争奪戦です。凄く高いのにです。コレを読む皆様、またシバタのレコードクリごとが始まったと思ってるでしょう?遅れますよ、世はレコードの時代です。
そんなコレからレコードを始めたい心ある読者の方々に、中古を選ぶ基準みたいなものを教えましょう。
まず、CBSソニーのレコードを買ってください。
80年代は、ソニーと契約できるか否かが、成功のバロメーターでした。何が良かったかというと、そのレコーディング環境や、そこに集まるブレーンたち。要は潤沢な予算と。技術が国内でトップだったということです。
日本で最初に発売されたCDは大瀧大師匠のロングバケーションで、その時はレコードと併売でした。こだわりのレコーディングと、エバーグリーンな音質は、一歩二歩抜け出ていたことは確かでしょう。
そのソニーの技術の象徴が、マスターサウンドシリーズです。
コレはアナログとデジタルのいわば融合。限りなく高音質を追求したシリーズでした。
つまり、皆様が中古で何かレコードを物色するときは、ソニーのマスターサウンドシリーズを一つの基準にしてください。
何がちがうかといえば、まず元気な音。キレのある音離れ感。そして、厚みのある重量盤であったりもします。
そして最も重要なのは、バイナルと言われる塩化ビニールの品質を徹底管理。コレが結果的に、他にはない高音質を産んでいたというわけです。
それを再生する、当時の日本オーディオ業界の装置たち。日本の頭脳の多くはその頃オーディオ業界にいました。
その真っ只中のアイドルが当時の松田聖子で、彼女に楽曲を提供していたのは、大瀧大師匠をはじめユーミン、チューリップの財津さん。そして細野晴臣、尾崎亜美などニューミュージックの先鋭たちです。そこに松本隆の詩が乗るのですから、悪かろうはずがありません。
「パイナップル」が夏のアルバムだとすれば、この「キャンディー」は冬のアルバムでした。全編を通して冬の匂いのする精緻な楽曲ばかり。大瀧大師匠も2曲提供していて、活動休止中の師匠の新曲は、松田聖子の中に存在していたという事実。コレも意外に知られていません。
バイト仲間と軽井沢にスケート行くことになり、どこからか女子が数人きました。
その時の車は、セリカとローレル、そして私が乗っていたFFの初期型シビックです。
女子たちはいち早く、セリカとローレルに分乗し、残った私と後輩のカミオくんが、私の運転するシビックでした。
結局私たちは女子たちと一言も喋る機会もないまま一日を終えましたが、その日シビックのカーステレオから一日中流れていたのが、このキャンディーのカセットテープでした。スケートも私とカミオがしらけるほど上手くて、ふたりでランデブー状態です。
私とカミオの二人にとって、なんだか思い出深いテープとなったのを、この2月の雪の朝に思い出し、レコードをかけました。
VTR250で私のRZに後ろから突っ込んできたカミオくん。二人で碓氷旧道の側溝送りとなったカミオっ!今は何してるんだろう。
そんなCBSソニーが送り出した新人アイドルに、高橋美枝さんという方がいました。
スター誕生からデビューした期待の星で、デビュー曲は両A面で、作詞は両面ともに松本隆、作曲は、オフコースの松尾さんと、細野さん。コレだけでも破格のデビューでした。
歌も半端なくうまかったのですが、そのルックスは今で言えば本田翼のような感じでした。
当時、私はモール内のメガネ屋の社員でしたが、うちの店舗の二軒隣に新星堂というレコードショップが入っていて、時々新人歌手を呼んで、イベントを行ったりしていました。
高橋美枝さんがくるということを知った私は、レコード屋の店長に直訴します。
「猛烈なファンなので逢わせてください」すると「いいよ」と二つ返事でした。その時私は21歳。40年前ですよ。
仕事終わりには毎日のようにレコードを一枚買って帰っていました。この店長からアニタオデイを教わったんですよね。
イベントの日、「シバタくん借りていいですか?」とレコード屋の店長がうちの店舗に来ます。
店長同士は家族並みの仲良しで、話は出来ていました。
「ええから気にせず行ってこい」と和かに送り出され、仕事の一環ということで、打ち合わせに同席することに。
一階にあった喫茶店のボックス席で、目の前に高橋美枝さんです。
実際に見る彼女は、ちっさ!「なんだろね」というほど可愛いですね。
店長と私と、向かい合うマネージャーと彼女。まぁねこういうことは一生に二度はないですよ。
一通り、ショーの打ち合わせが終わったので、店長から指令が出ます。
「シバタくん高橋さんを2階の控室まで案内して、あと店舗用に飾る写真撮影させてもらって」といわれます。
コレがその日の私の仕事です。良い仕事だなぁ。
二人で店舗の中を歩きながら、その時レギュラーで出演していたレッツゴーヤングの内輪話などを聞いたりしました。
「こういうお店いいよね、私の家のそばにもね、ダイクマっていうモールがあって、よく行くよ」
と、出身の横浜にあるスーパーの話をしてくれました。
気取らない、性格のいいアーティストでした。
しかし、話していると、頭の良さみたいなものが端々に感じられて、「やはりスター誕生から実力で出てきたアイドルは並じゃないな。」と思いました。
高橋さんはその後もさっぱり売れず、すぐに歌手を引退し、作詞家に転身するも数年で芸能界から姿を消してしまいます。
小川範子さんの歌で、「ひとみしりエンジェル」という楽曲は、高橋さんが作詞したものです。どことなく影のある意味深な詩でしたね。「あすがぁ見えない時、自分だぁけを責めないでね、気がついぃて私のをこと、ここにいるからぁ」
この歌聴いてると、歌手引退の裏に、高橋さんの身の上にあった出来事をいろいろ想像してしまいますね。
普通の神経ではあの業界にはいられないのでしょう。彼女はどことなく才があり、いつまでもそこにはいない感じはしてましたから。



