top of page
検索

世界をイシキするとき

  • 執筆者の写真: shibata racing
    shibata racing
  • 4月16日
  • 読了時間: 4分

里のソメイヨシノは葉桜になり、世間は新学期、新社会人。世の中は絶えず動いています。

四月も半ばとなりますと、家の八重桜が花をつけます。

これはイシキしていないようで、私の一年のサイクルの中に組み込まれています。





2025/04/16



先日、スマホのみで、写真や映像を撮影している若者と、話になった時のことです。

映像は、まぁそつなく、素晴らしくいいレベルのクオリティーになっています。

これ、ただ普通に撮影しているわけですから、「カメラは売れなくなるわな」という実感を持ちました。

例えば天候が悪くても、暗い店内でも、はたまた夜の公園でも。思い描いたように撮影できるわけです。


また年寄りの繰言のようで恐縮ですが、こんなこと、普通じゃできなかったんんですから。

そこへ行くまでに、どんだけ工夫したか。こういう苦労自慢が今の若者は一番嫌いでしょう。


ただ、過不足ないような絵ですが、そこに意志が入れにくいのも確かです。

例えば、思い描いた暗さや、ボケなどが頭に浮かんだとしても、スマホは全て平均値でものを写しますから、そこに撮影者が存在しない感じになります。

下手なら下手なりに、美人は美人なりに。という撮影者の実力が、反映しにくいですから、ある程度まで行くと、必ず「なんかつまんない」ということにもなるのでしょう。


これをバイクに置き換えましょうか。

ガソリンインジケーターなんてものから始まって、各種のセンサーワーニング。どんな天候でも当たり前に走る動力セクション。

自分の行き先の天気まで表示される電話機が、その横に取り付けられます。

もはやライダーのスキルや意志すらもいらないかの如しです。


冒頭でぶち上げた、世界というのはこういうことですよ。

「なんだよ今更シバタ、世界進出ねらってんの」と呆れた方々には申し訳ないですが。

皆様方も世界を、知らずに意識して暮らしているわけです。

ただ、その密度が薄いか濃いかの差は、私とはあるでしょう。


では、電話に限界を見た若者が、その先一歩を踏み出すか、というと。

どこか「これでいいや」とおもっているフシもあります。

例えばこれが電話でなく、カメラだと。やはり天候にも左右されるし、日照条件にも意識がいくようになります。

「天気と睨めっこ」などということも、ドアトゥドアの現代社会においては、もうあまり重要ではないかもしれません。


私のわりと好きなYouTubeのチャンネルに、フジヤカメラという会社の、公式チャンネルがあり、そこで先日、先ほどのようなことがいわれていました。

無論商売ですから、「スマホじゃなくってカメラ買おうよ」という前提でものを話しているわけですが。

テーマは「なぜスマホじゃダメなのか」という。わりと反感を買いそうな話題でした。


しかし、そこで「世界を意識するようになる」といわれた時。

「そうだよな、天気のこと考えるもんなカメラだったら」と。合点が入った感想を持ちました。

つまりは、そこには意志が入る。機械任せではない、人間が入る。


まだフィルム時代の話ですが、「夕日のイソベ」といわれた我が師匠のイソベさんは、日暮れ前は鬼になりました。

それはフィルムは日没までが勝負だからです。一分一秒を争う勝負です。

モタモタしてると「何やってるんだよ、もっと前、あと50センチだよ」と怒鳴られました。

その習慣はデジタルになっても変わらず。

日が沈むとおもむろにバックにカメラをしまい。安堵の表情を浮かべるのでした

「今日もやり切った」とでもいう感じに。デジタルはそこからでも撮れますけどね。


果報は寝て待てと言いますが。

寝たきりで生きる一生って。それ、皆様が一番嫌いなはずじゃないんですかね。

寝たきりにならないように、一生懸命、いろいろ気を遣ってるはずなのに。

電話に行動を支配されることには疑問は持たないんですよね。


「そこにあんたの意志はあるんかぁ?」と、女将さんならそう言うね。



 
 

Appia . meccanica - Shibata ~ Racing

bottom of page