夕涼み
- shibata racing

- 7月29日
- 読了時間: 6分
更新日:3 日前

時々来る音楽仲間がいる。
彼はレコードを持ってきてくれたり、音楽の趣味が合う。というか共通言語のようなものが通じるので、お互いに楽なのである。
先日、「俺のほとんどはユーミンでできているなぁ」と呟いたら。絶句して。「ウソでしょう、何言いだすの?」と取り乱された。
いかにも、ジャズからブルースまでのような顔して、歴代のロックを語っている私が、いきなりカミングアウトしたものだから、彼は驚いたわけだ。
「ダメかいユーミンは?」と聞くと「あんなもの誰が聞くか」と吐きすれられてしまった。
まぁ大体うちに来るお客さんはこういう傾向の反応をする。
私が思うに、彼らはユーミンを聴いたことがないのだろうし、今後も聞くつもりもないのだろう。この部分。とても微妙で、歳がわずか一歳違ってもこういう現象が起きるから面白い。
私にとってのユーミンは、「あの日にかえりたい」から始まっている。
小学生の時だったが、当時謎のシンガーソングライターとして、荒井由実はデビューした。そのアンニュイな楽曲は、物憂げで悲しそうだった。なぜそうなのかは子供の私にはわからない。
中学高校と、ことあるごとにユーミンは私の中を通過した。それを聞いて、山手のドルフィンに憧れて、卒業写真を口ずさんだ。
晴れて高校を卒業して、ソーダ水の中を貨物船も通った....。もうその時の世を席巻していたのは、このパールピアスだった。
私の周りの友人の家には必ずこのアルバムはあり、誰の車の隣に乗ってもカーステレオからこのテープが流れた。
18歳。82年の夏とは。ユーミンのパールピアスに彩られていた。
その後京都で一人暮らししていたときは、テレビがなかったので。ラジオとカセットテープだけで生活をした。
その時持って行ったテープの中に、このパールピアスはあり、それ以前の荒井由実ベスト。みたいなテープもあった。
まさに文字通り、擦り切れるほど聞いたし。メンタルを支えてもらったのも確かだった。テープは本当にその後ベロベロに伸びてしまい、聞けなくなってしまうほど、これは聴いた。
何が良かったのかと聞かれても、思い出がありすぎて語ることもできないほどで、まさしく私の青春は、ユーミンだったろう。
とここまで真剣に書いても「またぁ、シバタさん嘘ばっか言ってる」と思っている方々もいるだろう。
それは私が極力ユーミンエレメントみたいなものを普段たくみに隠しているからだろう。
彼女のファンは、みなさん善良な方々なので、概ね今のユーミンにも温かい眼差しを持っていて、この点、矢沢ファンと少し共通しているような盲目的なファンが多いが、私はそれほど甘くはないので、ユーミンというものを冷静に分析し、理科の実験のように、まるでシラミの卵をむしり取るレベルで聴き込む。
誰でも知っているだろうが、ユーミンには荒井由実時代と、松任谷由実時代が存在する。
これはただ結婚したからレベルではなく、アルファレコードから東芝EMIというレーベル移籍によってその芸名が変わっている。
無論その音楽性も、言ってみれば全く違う。
アルファ時代。当然の如くこれに関わっていたキャラメルママというバックバンドは、いわばはっぴいえんどなのだ。
つまりは細野晴臣、鈴木茂を中心としてそのサウンドの核が作られていた。そこに旦那の松任谷正隆のフェンダーローズが絡む。
このサウンドこそがユーミンの核だった。
私などは、どうにもこの時代の荒井由実が描く恋愛模様だとか風景だとかが好きなので、その後移籍した後の松任谷時代は、あまり好きではなかった。
しかし、そのピーク。頂点だったのが、このパールピアスだ。
よく年から、ソニーは全面的にデジタルへ舵を切る、東芝EMIもそうなることは必定。その前夜。人の手で演奏された最高のアンサンブルこそがパールピアスなのだった。
実際、これに続くリインカネーション。ボイジャーなどは明らかにその世界観も、サウンドデザインもデジタルになり。大きく変化した。無論もう若くないユーミンの中から、あの頃の切ない詩などは生まれようもなく。ここから先は、私ですらユーミンとは訣別したから、私より若年世代にとって、私がユーミンと言った時の過剰なほどの拒否反応は、致し方ないのかもしれない。
彼らには今のユーミンが見えているし、パールピアスを聞いていないのだから。
いまこのアルバムを聴くと、時代が運んできたAORの息吹みたいなものが、全ての曲で感じられて、聴きようによっては、デヴィッドフォスターにしか聞こえないような、丸パクリ楽曲もある。
今も昔も、日本のミュージックシーンには、こうした外国で流行っている、正確には少し前に流行っていた要素が取り込まれ続けていて、いまだに日本オリジナルのヒット曲は無いように思うのは私だけだろうか。
このパールピアスというアルバムの凄さは、最初から最後まで捨て曲がなくて、何度でもリピートし続けられる神曲の嵐だ。
それが、カーステレオのような、何度も裏表が流れ続ける媒体にマッチし、誰の車からも流れていた要因に違いない。
特に、「DANG DANG」という曲は、このアルバムの目玉だと思っている。

〜あなたにふさわしいのは、私じゃないって。電話を切ったあとにぃ〜思い切り泣いたぁ〜あの日ぃ〜
という歌い出し。
私が60年に渡りこの世を見渡してみても、こんなシオらしい女子には一度たりとも会ったことはない。
むしろ。 〜 私にふさわしいのはあんたじゃなくって、電話切って清正したぁ〜。
みたいなのが、あらゆる女子の本音だと思うがどうだろう?
しかし、ユーミンはそこを逆手にとって、そんなシオらしい歌を歌って、できればそんな女子になりたい、しかも相手はめっちゃいい男で。という全女子の憧れを披露する。
「そりゃぁね、私らだってしよらしくなるさ、いい男にはねぇ。」てなもんだろう。
このアルバムの中で、私が一番好きなのは、A面の最後の、「夕涼み」という歌だ。
ふぅたりぃきりのゆぅ涼みはかぁなしぃすぎるキィおくぅ〜という歌詞が、誰の胸にも去来する風景だろう。
夏の夕方、今年も40年目のパールピアスを聴く。私にとっても、夏の夕暮れは悲しすぎる記憶を運んでくる。
なんてね。大した記憶でもないんだけどさぁ。
私のベストユーミンは、やはり荒井由実時代のこの曲。この時のバックについているのがキャラメルママ。
これを聴くと、細野さんのベースというものが請け負っていたウエイトは大きかったんだなぁと、今更ながら思います。
夜明けの空は葡萄色なんて詩を、誰が思いつく?この頃のユーミンはまるで樋口一葉女史の如しだ。
つまりは青春をユーミンと過ごすと、そっくりの曲を作らなくちゃ気が済まないのは我ら世代の本音だろう。
令和の時代、そのユーミン最盛期をそのまま見せてくれるのは、やはりヒトミトイ。
ドリアンとカーシーフ二人いて、そこにこの声。コレでいいでしょう。いや、私はむしろこちらを聴きたい。


