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智恵子の杜

  • 執筆者の写真: shibata racing
    shibata racing
  • 4月19日
  • 読了時間: 4分





春に桜詣をするには、それなりの覚悟がいるものだ。

それは、寒さとの闘いという抗えない自然の摂理。

近くの宮崎写真館のおじさんから、「高遠は良いですよ。でもねえ朝5時にはそこにいなきゃぁなりませんから」

この朝5時の意味を知るには、一度でもいいからその時期に高遠に行ってみればいい。


高遠城址公園に近づくには、道は2本しかない。その2本が永遠に動かない渋滞を生む。

わかっている人は前の晩からここに入り込んで、子供は寝袋に入れて、気の根っこのあたりに転がしておく。

そんな思いをしてまで見る価値はあるが、一か八かのギャンブルに、早朝1時からバイクに跨るのはそれなりの覚悟がいるのだ。


前橋から高遠は、おおよそ150kmだから、ハスクで行くには必ず給油をしなければ不安になる距離だ。

そのころの蓼科はまだ山には雪が残り、夜明け前に二輪でそこを越えるには相当な覚悟がいるし、危険でしかない。

四輪ですら深夜に凍結したビーナスラインはスパイクなしでは越えられなかった。

一度、スカイラインで京都に行くときに、トランクに4本スパイクを積み込んで、この道を山越えしたが、どうにもスリップして登らなくなり、深夜2時に、道端で四輪のタイヤ交換をしたことがある。

マイナスの気温は、手を凍りつかせ、鼻毛が一瞬に凍り、息が苦しくなった。月は白く光、星が綺麗なそんな夜。この世にたった一人の気分になる。その山を、二輪では越えられないから、当然更埴周りのフル高速になる。


深夜2時の桜の朝は、2度くらい。時速100km/hの体感温度はマイナス10度くらいになる。

そんなことを何年もやっていると、だんだん知恵がついてきて、どういうウエアを着る必要があるのか?また、どういうポジションのバイクが有利なのか分かってくる。


桜詣を何年か続けたある年。かねてより念願だった、福島の「三春滝桜」を狙うことになった。

ここは高遠よりマシだろうと思い、夜中の2時に家を出た。朝の東北自動車道は、トラック街道で、ハコバンが多い。非力な250ccをチョイスしたから、ハコばんの後ろに上手く隠れて、風除けにすることで、暖をとる走法もその頃は板についた。


三春で驚いたのは、その百花繚乱のような街の様子。三つの春が同時に来ると言われた三春では、梅と花桃と桜が同時に開花する。

時期が違えばそうでもないのだろう。しかしこのタイミングで、初めてここを訪れたエトランゼには、あたかも桃源郷に迷い込んだの如しだった。





早朝に滝桜をクリアして、北に上る。ここから奥久慈まで続く道は、軽く登って軽く降る。

二本松で朝の喧騒を迎えた頃、かつての奥州街道沿いでおそらく昔からやっているらしいドーナッツの店で朝食を済ませる。

そのドーナッツは揚げてグラニュー糖をまぶしただけのシンプルなもので、出来立てならではの美味しさに溢れていた。

「なんかこの辺で見せ物はないですか?」と意気のいいおかみさんに聞くと、

「温泉あるよ、大玉かフォレストパーク。そこはカラオケできっカラァ」とイチオシな感じ。

「お姉さんよく歌いに行くんですか?」「お姉さんだとぉ、私らいつもフォレストパークだけどねアハッハぁ」

そこには必ずいきますと豪語して、ひとまずその前に、すぐ近くにあるという高村智恵子記念館に寄ってみることにした。


いったいそれはなにかというと、れいの「智恵子抄」の智恵さんの生まれた実家が記念館になっている。

奥州街道で造り酒屋を営んでいた実家は、代替わりと同時に家業が傾いて、一気に転げ落ちるように破産してしまう。実家からの仕送りで、東京で絵の勉強をしていた智恵子は、だんだんと精神が壊れていく。

夫である詩人の高村光太郎は、この妻をけして見捨てることなく、最後まで愛を貫くことになる。


記念館には、最晩年、智恵子が夢中になったという切り絵が展示されていた。

複雑でトリッキーな図柄は、常人が作ったものではない。世間と完全に決別していたからこその没入。目眩くワンダーランドのような見事な切り絵だった。


実家の裏山には、「智恵子の杜」と呼ばれる遊歩道が山に向かって伸びていた。そこは光太郎と智恵子の散歩道だったそう。

桜が満開の小道を登り上げると、「本当の空の碑」という場所に着く。

東京には空がない、智恵子の本当の空は安達太良山の上に広がる空だ。といった安達太良山はその正面にある。

その横顔を眺めながら、「あなたはだんだん綺麗になる」と呟いた光太郎。


桜を追って、思わぬ景色にみちびかれてしまった。

「また来るよ」と私はその石碑に挨拶して、初春の二本松を後にして20年。東北の震災を挟んで、いまだにここには訪れていない。

偶然の出会いがある。しかしそれはすでに用意されていたもので、二度目のチャンスはないものだ。

さくらとの出会いはまさしく一期一会。その時を大事にしなくてはだめだ。



  あれが阿多多羅山、あの光るのが阿武隈川。ここはあなたの生れたふるさと




 
 

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