珈琲ルンバ
- shibata racing

- 5月2日
- 読了時間: 7分
更新日:5月9日

コーヒー.ルンバがヒットしたのは、もう大昔のこと。もとを辿れば、この飲料水が日本に紹介されて、100年以上の年月が経過した。
日本の移民政策で、地球の裏側ブラジルに渡った日本人が、紹介してくれたものだ。
これには依存性があり、酒たばこ珈琲というものは、不良の三要素でもあった。
本格的にこの文化が華ひらいたのは、戦後のこと。欧米文化の流入とともに、喫茶といういわば溜まり場が、全国につくられた。最盛期の80年代を境に、店舗の縮小傾向になった背景には、インスタントなどの普及とともに、ご家庭で手軽に飲めるようになったり、音楽もポータブルステレオが手元に入り、ヒソヒソ話もできるほどに、日本家屋は肥大した。高度成長期の名残とでも言おうか。
現在最ものまれているのは、ドリップパックという、一杯どりのパッケージもの。ここに辿り着くまで色々な経緯があったのだろう。
当店でオープン前に最初に私が設えた店舗内のエリアは、カウンターで、これは建築の最中に出たうちの家の廃材をもらい、まだ大工さんが壁などをやっている時に私が製作したものだった。
目指したのは、バイクで気軽に立ち寄れるカフェスペースを持つ、オートバイショップだった。
きっかけは、京都に住んでいた頃に、大変お世話になった、カスノモータースさんの敷地内にカフェエリアがあり、バイクの修理をお願いしながらコーヒーがいただけたのに感動したからだった。
それまで油臭い工場の地べたに座って缶コーヒーを飲むのがせきの山だったから、さすが京都。さすが世界のカスノと眼を開かせていただいた。見てきたものが違ったのだろう。
言い訳をするわけではないが、もしこれでお金をもらうとすれば、オイル交換の合間に汚い手でコーヒーを入れるわけにはいかず、専用のバリスタを雇わなければならないだろう。いずれいずれと30年。いまだに従業員が入るような企業には成長しないまま、現在まで来ているのは皆様のご存知の通り。よって、いまだに当店のシバタ珈琲は無料提供だ。
ただこの無料珈琲の怖さは、巧みな口車で、その後にナンジュウマンエンの工賃を取られるかもしれない危険も孕んでいる。そのためかシバタ珈琲の暖簾をくぐるときは、お客さんも覚悟してやってくるというヤバイ珈琲屋として続いている。
そんな、珈琲文化と関わって40年の私としては、多分潜在的にたくさんいるであろう珈琲ファンたちに、あえてウチの暖簾を潜らないステルスファンたちに、現在の日本の珈琲事情をお話ししようとおせっかいを考えた。
喫茶という文化が確実に老朽化しつつあるなか、若者たちの意識は、珈琲スタンドに向いている。
そこは居座り型ではなく、軽く立ち寄ったり、テイクアウトしたりする場所だ。ほとんどが禁煙だから、もうタバコ吸いの居場所は、自宅のベランダしかなくなった。煙とジャズと、悪巧みの喫茶店は、今や朝日を浴びて気持ちがいいスポットへと変貌した。
代表的なのは、近年前橋にもできたブルーボトルコーヒーだろう。
先月、中国のラッキンコーヒーに買収されてしまったが、形態は変わらずそのまま行くようだ。このお店は、ハンドドリップが、結構な量で提供される。湯温93度で浅煎りの粉20gにたいして、300cc以上4投で抽出されるから、レシオは1.57辺りだ。
スペシャリティーとしてはかなり割安な飲みごたえかもしれない。
店売りの豆は焙煎から48時間以内のものと厳格化されていて、焙煎も北砂ファクトリーで一括されている。抽出レシオも吟味され、格店舗での偏りを極力防ぐ。
そのうえで、バリスタは可愛いし、店は開放的。決して敷居は高くない。散歩の途中に立ち寄ってみても良い。
ジェームズ.フリーマンが、裏庭で始めた15年後にはネスレが650億円で買い取って、今年急成長中国企業の手にわたった背景は、コーヒーは今や投資のオモチャになっているということだろう。本当に恐ろしい事業だ....。

現在この文化の根底にあるのは、スタバなどのシアトルスタイルではなく、ノルウエイのオスロから運ばれてきたお洒落な空間だ。
そこで働く若者たちは皆屈託がなく、いずれ自分もこのオスロスタイルのショップを立ち上げたいと考えたりして、前向きな目をしている方々が多い印象だ。無気力だといわれた若者が憧れる未来の職業として、このバリスタが候補に上がる時代がやってきた、しかし、そこに中東問題による、価格高騰や天候不順による豆の収穫不足などが追い打ちをかけて、問題を難しくしているのは確かなのだが。
そして近年のスタバ大量閉店と、スタッフ解雇の裏にあるのは、モバイルオーダーの複雑さと、そこにまつわる現場の混乱がその要因とされている。確かにシンプルな店ではない。
いっぽうフグレンを代表にしたオスロスタイルの特徴は、浅煎りだ。
この焙煎の特徴は、多くがイチハゼから1分前後。非常に薄く酸味が強いというもの。従来の珈琲ファンたちはこの浅煎りが「酸っぱい」として好きではない。しかし、メニューは主にコーヒー一本であり、ドライケーキくらいのシンプルさは、ブルーボトルと方向性が同じだ。
これが、現在差別化を生む要因となり、従来型の苦いコーヒーを提供する喫茶店の存在価値をより高めるきっかけにもなったのはたしか。
そして、このニューウエーブたちは一杯の価格がモノにより異常に高いということだ。
その価格には、それまで1パウンド1ドルだった先物価格が、昨年4ドルまで跳ね上がったこと、そもそも原価の高い希少種を取り扱っているなどの理由はあるのだが。フェアトレードという美談で、可視化されているテイだ。
当たり前に一杯3000円のコーヒーを並んで飲んでいるのは、円安で日本に来ている外国人であり、当の日本人はこういう店には近づくこともままならない現状だ。彼らが目指しているのは決してインバウンド需要ではなく、日本に新しい文化を紹介したいという意思なのだが、当の日本人の精神と、懐事情が貧しすぎることで空回りしているのが現実のようだ。
では、このオスロスタイルを低価格で楽しむにはどうしたら良いだろう。けっこうカツカツな生き様の私が実践する手軽な方法とは?
無印や、ツルヤなどが店売りしているライトテイスト的な豆を買ってきて、ミルで荒く引いて、ハリオのv60などで短時間にあっさりと抽出する。これで、噂の浅煎りコーヒーのテイストは知ることができる。無論、豆にこだわったお店とは違うのだが、方向性は同じと言える。お湯の温度は高めの方が理想的。おおよそ90度くらいが目安となる。
一方で、昔からのネルドリップの老舗のコーヒーを体験したい場合は、深煎りという豆を買ってきて、少し多めな豆を使って、じっくりと低温で時間をかけるとそれらしいものが飲める。こちらのお湯の温度は80度から85度くらいが良いようだ。
この湯温だけ見てもトライは無限大で、そこに粉の引き目や量、焙煎度合いや抽出時間が加味されるわけだから、シバタは目の色が変わる。
コーヒーとキャブセッティングはとても似ていて、この部分がセッティングオタクの私が抜け出せない沼にハマっている要因かとも思う。
なにごとも面倒な方で、最も端的に低価格で、スペシャリティーのなんたるかを知りたい場合。ファミリーマートへ行って、オリジナル無糖ブラックコーヒーを買ってみて欲しい。これはフィロコフィアの粕谷氏監修の一品で、とんでもなく美味しいチルド品であり、全国共通に同じ味だから、これでいいかもしれないとも思える。200円しない。わたしも驚いたし、そのクオリティーに、ガクッと肩を落とした。
ドトールの工場で製造され、年間1億本が購入されている。
先ほどの無印のコーヒーを焙煎しているのは京都の小川珈琲であり、ツルヤオリジナルは長野の丸山珈琲だから、こういうお得な品物も決して手を抜いていないのが現状で、こうなればなるほど、得体の知れない珈琲を提供した街の喫茶店は淘汰されていってしまうだろう。
売り上げと経営に味は関係ないとするコンサルがいるが、果たしてそうだろうか?ブランディングとコマーシャリズムで全て計れれば、飲食は苦労しないだろう。不味ければいずれはダメだ。
パンデミックを始まりとしたおウチ珈琲は、ひとつの副産物、時代の落し子といえるかもしれない。すでに一般人は素人ではない。
そして、シバタ珈琲は、日々店主の好奇心による豆のセレクトが行われ、運がいい方は高価なスペシャリティーに当たることもあるだろう。ただ、このコラム程度ではない非常に回りくどいシバタの蘊蓄と、罷り間違えば珈琲代では済まないほどの修理代を払うかもしれない危険と隣り合わせだということ。それを覚悟で、珈琲談義しにきてください。
タダより高いものはない。コレ、よけいこないか?


