美しいと綺麗
- shibata racing

- 6月9日
- 読了時間: 4分

新車でも、旧車でもいつも顔が映るほど綺麗に磨かれてガレージに入れてあるような方に会う。
そこには二種類あり、いつも乗っているのだけれど、走行後は必ずすべて磨き込んでからしまう人。基本的に乗らない人。と、分類される。
何が言いたいのか、もう皆さんにはお分かりでしょう。ようするに、シバタは乗らない人を認めないのだろう?まぁそんなこともないけど、機械は使ってこそ意味があり、喜んでいるように見えるのは確か。
たとえ一台しか持っていないオーナーでも、全く乗らない人には容赦なく、「もう売ったら?」という。
大きなお世話で、好きで持ってる人から見たら、まったくうるせぇバイク屋だろう。
バイクも機械であるということで見ると、動かさないと、オイルは落ち切ってしまいカサカサになり、熱が加わらないとゴム類は硬化し、あらゆる接点やカプラーは腐食がはじまる。
極め付けはガソリンタンクだ。
長期に乗らない場合、ガソリンを満タンにするか、すべて抜くか?という質問を受けることがある。
乗らない期間にもよるのだが、私が見てきた事例によると、ガソリンが残っていることが全ての元凶のもとになる。
そういう質問には、ぐずぐず言わず全部抜いてすっからかんにしてくれといい。できるならガス欠寸前まで走ってから、キャブもカラカラにしてしまってくれ。とアドバイスする。
これには異論があるようだけれど、多くの事例から鑑みると、ガソリンはあるより無い方がはるかに世話ない。
ガソリンが残っているとあらゆる凶になるといったが、では空だとどんなディメリットがあるのだろう。
問題になるとすれば、ガソリンコックの中のゴムが硬化して、また乗る時、コックレバーあたりからガソリンがダダ漏れになる。しばらくしても止まらない場合、コックAssyを交換すれば解決する。
タンクはほとんど錆びないし、結構すぐに復帰できる。
ではもしガソリンが残って、腐ってしまうと。タンク内は錆だらけになり、最悪使用不能になる。
旧車などは簡単に代わりのタンクは見つからないから、そのまま乗るのだが、いつもいつでも、サビのカスには悩まされ、キャブはオーバーフローし、時々ガソリンがよく落ちなくなり、ガス欠のような症状が続く。
こういう車両は、どんなにピカピカでも、新鮮さがない。
私などはバイクの声が聞こえるから、「俺はもうカッサカサだよ」と嘆く表情がみえたりする。
こういうコレクター気質の方は、動かないものを集めた方が良いだろう。
そう言ってもヘルメットなどは、中のスポンジがぐずぐずになり目も当てられないし、革ジャンなどもスルメのようになるから、コレクターという自分勝手な人間のせいで、それらは泣いているように見える。
私も、何台か自分のバイクを持っているので、代わりばんこに動かさなきゃいけなくて大変だ。
買ったのは誰だと言われそうだが、実は何台も販売し、何台も帰ってきている。
今あるバイクのうち三台は一度売って返されたオートバイだ。二度売って帰ってきたものもある。なぜ帰ってくるかというと、私が作って、乗り込んでいたバイクの多くには、いわゆる念のようなものが宿っているらしい。乗らないでいると、肩越しで「のれぇのれぇ〜」と私の声がするらしい。そうなると購入した方々は重荷となって、持っていられなくなるらしく。「返します」と言って私のところに持ってくる。するとやっと呪縛から解き放たれて自由になるという。
そんなことあるかい。と言われるかもしれないが、昔ポップ吉村はこんなことを言っていた、「機械も丹精込めると念が入るんだよ」どうもそういうことはあるらしい。ここまでくると、やたらと売っても、新しいオーナーもバイクも可哀想になり、もう俺が乗り切るしかないな。という感じにもなっているので、現在バイクがあるという感じだ。当然、新しくバイクなど増やすことはないだろう。
あら綺麗ね、なんてのは面白くもなんともない。
汚れても傷だらけでも、前に進んでいるような熱を発しているような作品こそ美しい。とは、岡本太郎の言葉だ。
美しいと綺麗とは全く違う。ともいっている。
生きているものは機械でもオーラがある。
真珠は、貝から外に取り出して、宵闇の中でも輝くか?


