蕎麦ふた膳
- shibata racing
- 7月24日
- 読了時間: 5分
更新日:7月31日
中山道も、木曽路まで到達いたしますと、いよいよ、深山に分入りたるは、なんとやら。みたいなエキゾチックな雰囲気になります。
私の中山道巡り旅が、ここ奈良井宿まで到達したのは、昨年の秋深まる頃でした。そこでは、蕎麦一膳にすら、ありつけない有り様。

2025年7月24日
泉鏡花の「眉かくしの霊」というお話のはじまりは、ここ奈良井宿にて、やじさん喜多さんが、やっと宿にはありつけたけれども、食べるものが蕎麦二膳のみで、何も無い。という場面の語りから、ここへ泊まった男が体験する、怪しい幽霊話へと広がってゆくのですが、ここで語られるのは、江戸時代から多くの旅人を、いわばあしらってきた、この宿場の狡猾さ。それを今でも体験させられることになろうとは。
木曽路は全て山の中。と語られる木曽川の渓谷に沿った宿場は、塩尻から大きく二股に分かれて、下へ降ります。もう一方の道は、松本から善光寺へ至る北国街道です。ここは今でも一本道であり。激しい渋滞と、そこにだけ集中する街並みが、今でも往時を忍ばせます。我々は、上州から葡萄峠を経由して、麦草峠、杖突峠、高遠を経て、権平トンネルを越え、奈良井宿へと到達しました。
さすが秋の行楽シーズンだけあって、ここ奈良井宿は、車で近づくには、長い駐車場入り待ちを経る必要があります。本来中央本線の奈良井宿駅から、目の前に宿場が始まりますから、その方法が正しい入場ルートと思われます。奈良井千軒といわれるほど、ここは木曽路最大の宿場でした。そのわけは、本日の我々の目的であるところの、鳥居峠越えにあります。中山道最大の難所と言われる鳥居峠も、徒歩で越える限りそれほど険しい印象はありませんが、ここを参勤交代や、皇女和宮の一行3万人が超えるとなると、その難航度合いは、想像を超えるものだったに違いありません。
最初に腹ごしらえと行きたいところですが、やはりどこの蕎麦屋も待ちです。唯一待ちなく入れた五平餅の老舗で、腹ごしらえして、難所鳥居峠へと向かいます。ここは、別名「侍ロード」といわれて、最近では主に欧米系の観光客に人気のスポットです。彼らの多くは、電車移動で、トレッキングスタイルですから、馬籠や妻籠を歩き、この難所へと駒を進めたのかもしれません。その先の藪原で下車し、徒歩で峠を越えてきた猛者も多いでしょう。彼らは決して、おしゃれなスイーツ屋や、長蛇の蕎麦屋には入ろうとせず、せいぜい五平餅を立ち食いするスタイルです。
この、ミニ東京のような古民家カフェたちは、日本人の主に都会からやってくる方々の憩いの場となっているようです。リトルCityは、実は外国の方々には、まるで場違いのアトラクションに映るようです。いったい何をこの場所に残すのか?ここに住まう方々は、おそらく郷土に自信はないのかもしれないし、もしくは狡猾な金儲けを450年続けているだけなのかもしれませんが。私はなぜか泉鏡花の小説の、ここでの強かさを思いだしていました。
本日のメンバー全てが、「えぇ?ここまできたんだから並びましょうよ」なんていうメンバーはひとりもいません。最もそんな人選は最初からしないのですが。
鳥居峠を越えてみて、ひと汗かいたので、そろそろ蕎麦屋も入れるかと思いきや、入ろうとすると「終了です」と目の前で看板が外されます。お目当てのスイーツ屋も、汚い男四人組は、体よく断られます。こうなると、皆さんになんとしても蕎麦を食べてもらいたいと思うのは、私のお節介心で、早々に奈良井宿を後にして、スーツ君が紹介していた、塩尻駅の構内にある蕎麦屋に向かうことにしました。
結論から言うと、そこもタッチの差で、看板が下ろされました。もうこれは意地です。ここは最後の砦、坂城にある上山田温泉の豊年屋さんまで足を伸ばして、鼠大根を味噌で溶かして食べる「おしぼり蕎麦」を味わっていただきましょう。
ここへ行くには一本道の先ほどの北国街道を篠ノ井追分まで登らなくてはなりません。途中ショートカットで聖高原へ登り、そこから上山田温泉の真上までダウンヒルしようと思ったら、なんと工事通行止めの看板が。一か八か入り口まで行ってみると、どうやら休工事中の雰囲気。バイクですからなんとかなるだろうと舗装林道を降ると、途中、枝や落ち葉が道を塞ぎますが、道が崩れたりはしていません。いわば命からがら上山田温泉に到着しますが、肝心の豊年屋さんが見つかりません。
ホテルの入り口のおじさんに聞いてみます「あのう、この辺に豊年屋さんがあったと思うんですけど」「あぁ豊年屋さんね、二、三年前に店じまいした」なんと、痛恨の痛手。
憎っくきコロナ騒ぎの頃です。
蕎麦ニ膳を求めて、100キロ走っているうちに、夜の七時になってしまいました。秋の日暮は早くて、もう深夜の雰囲気の北国街道を途方に暮れて走っていたら、チェーン店のラーメン屋の灯りが。「ここにするか?」というとメンバーから「結局ラーメンなんすよ」と普段平日しか動かない私は、行楽シーズンの日曜に食事をすることの困難さを思い知らされることに。
奇しくも、彷徨い彷徨い、おまんまにありつけない木曽路だった。という話です。
もういっかい奈良井宿にトライするなら、雪が降る頃、誰もいなくなった奈良井に泊まって、「眉かくしの霊」よろしく、巴の提灯が灯った、まっくらな風呂で、丸顔で色白の幽霊とでも出逢いますか。
〜トーンと灰吹きの音が響いた。瓜枝顔は目ぶちがふっくりと、鼻筋通って。色の白さは凄いよう。気の籠った優しい眉の両方を、懐紙でヒタと隠して、大きな瞳で熟と視て、「......似合いますか。」と、にっこりとした歯が黒い......。
おぉ、でてきたよいよいよ、旦那さん。
部屋の明かりをつけたなら、こんな可愛い幽霊に現れて欲しいもんです。俺もジェンガしたい。